大田原正幸
マサチューセッツ州・ボストン
ボストンはアメリカ東海岸北部ニューイングランド地方最大の都市であり、アメリカの中でも歴史ある街として有名です。ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ボストン大学、タフツ大学など多くの大学や研究機関がある学都であると同時に、ボストン交響楽団やバークリー音大、ボストン美術館やノーマンロックウェル美術館などの音楽・芸術の街としても、またアメリカ4大スポーツが揃うスポーツの街としても有名で、とても活気があります。チャールズ川を中心として街並みも美しく、冬は寒く雪も降りますが、夏はとても過ごしやすい気候です。ボストンはアメリカの中でも治安が良く、独身でも家族連れでも安心して暮らせます。ただ物価が高く、家族連れだと家賃は月に2200から3000ドル程度かかります。子供の教育費については日本と異なり小学生以上は無料ですが、それ以下の年齢だと1日に60から100ドル程度かかります。
ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院、シュライナー小児病院
Massachusetts General HospitalはMass GeneralまたはMGHと略される、1811年に創設された歴史ある総合病院で、全米最古(1636年)の大学であるハーバード大学の医学部(HMS)に関連する 教育医療機関の中で中核的役割を果たしている病院です。またシュライナー小児病院(Shriners Hospital for Children – Boston, SHC)はシュライナー財団により運営される小児専門病院で全米に20以上の施設があり、その中で小児熱傷は無料で行われています。
渡米まで
僕は杏林大高度救命救急センターで後期研修を、慶應義塾大学の一般・消化器外科で外科研修を終えた後、杏林大救急医学に戻り任期助教として勤めていた際に、山口芳裕主任教授から先任の先生の帰国後の後任として、以前山口先生が留学されていたHMS/MGH/SHCへの研究留学を薦めていただきました。予想より早くはありましたが以前から希望していたこともあり、 留学の運びとなりました。
医者のアメリカへの研究留学といえば、以前は自分の貯金で留学中の生活費の全てをまかなう無給のフェローもいた様ですが、僕が渡米する頃からNIHの給与基準を満たす給与証明を提出しなければフェローとして受け入れて貰えなくなりました。
ハーバードなどの有名ラボは普通でも競争が激しく、雇ってもらうのは簡単ではありません。 そこへ入るには以下のいずれか一つ以上が必要とされると言われています。
1)日本で大きな研究業績をあげていたり、競争的研究資金を獲得した実績がある(実力)
2)奨学金など日本から給与を持って来て、人件費を留学先が負担しなくて良い場合(カネ)
3)日本の指導教官が留学先の教授と知り合い、もしくは先任がいて、自分を強く推薦してもらえる場合(コネ)
4)偶然ラボに欠員ができ、急遽人材が必要となった場合など(運)
(4)は偶然の産物でなかなか巡り会えず、(1)については、日本で救急医として臨床に身を置きながら殊に基礎研究のフィールドで競合となる研究者たちを打ち負かしてポジションを勝ち取るのは容易ではありません(しかしながら、ボストンで出会う日本の救急医達はそういう方々も少なくありませんでした)。僕の場合は山口教授の強力なサポートで、(3)に加えて1年だけですが(2)も満たすことができました。(渡米2年目からはアメリカのボスから給与を貰えることになりました。)
研究生活
現在、僕はMGH外科のCenter for Engineering in Medicineの中にある、Daniel Irimia先生が主任研究者(Principle Investigator:PI)として率いる研究室に所属し、基礎および臨床研究に従事しています。Irimia先生はMEMS(Microelectromechanical system)技術によるマイクロ流路(Microfluidic Device)を用いた好中球研究の専門家で、ラボには現時点で7人のポスドク(アメリカ、イラン、オーストラリア、中国)と2人(アメリカ)のテクニシャンが所属しており、僕以外は全てアメリカの大学でPh.Dを取得したネイティブイングリッシュスピーカーもしくはそれとほぼ同等のフェローです。
Irimia先生は BioMEMS Resource Centerの副所長も兼任されているため非常にご多忙ですが、時間を見つけてはご指導いただいています。僕はMicrofluidic Deviceを用いて熱傷および敗血症における好中球の遊走能(Neutrophil Chemotaxis)の変化とNeutrophil Extracellular Traps(NETs) を、動物モデルおよび患者血液検体を用いて研究しています。具体的には、 敗血症の早期診断のツールとしてこれらを活用できないか、既存のマーカーとの差異はどうなのかを評価すること、そして重症患者において原因がよくわからないが全身状態が悪化していく病態を、NETsが大きく寄与しているのか評価することをテーマとしています。BioMEMS Resource Centerには何億という費用をかけて建設されたMicrofluidic deviceの設計・製造が自前で出来る施設があり、トレーニングを受けたフェロー達はそれらを自由に使用できます。この技術を用いて研究を進めています。臨床医と研究者との交流も盛んに行われており、我々のグループもMGHやSHCの臨床医達との共同研究を進めており、MDである僕は研究プロトコルの作成も含めて、それらを研究サイドから取り仕切る役割も割り当てられています。他のフェローや国内外の他のラボとの共同研究も盛んで、自分たちの長所を持ち寄ってより大きな仕事をしようという雰囲気に包まれています。
2週に1回の共同研究者も含めたラボ内での 研究発表の他に、学会発表も複数行っており、僕もCCM(Critical Care Medicine)やABA(American Burn Association)のAnnual Meetingで口述発表を行いました。
勤務時間はラボによって異なります。我々のラボは、ボスの「生産性は勤務時間に比例する訳ではない」という理念の下、フェローの自主性に任せられておりますが、同僚のフェロー達は将来アカデミアに残ってPIとして活躍したいと考えている人がほとんどで、休みはきちんと取りますが結構夜や休日もラボにいたりします。
写真1 Irimia先生および共同研究者である英国バーミンガム大学Naiem S Moiemen教授率いるチームの方々と
気付かされたこと
1)実力?コネ?
コネでの留学は軽く見られがちですが、日本のボスとアメリカのボスとの人間関係の上で、「信頼するあなたが推してくれる人材であれば是非うちに」と言って受け入れてもらえることは凄いことですし、その上で留学する以上、期待を裏切ることは自分を紹介してくれた日本のボスへの信頼も損なう結果になりかねません。最初は実力入社組にかなわなくとも、早い段階で彼らにキャッチアップして「こいつがいないと困る」と周りに思ってもらえれば成功です。求められる事は、共同研究を促進できる周りとのコミュニケーション能力、そしてPIにアドバイスを貰い、PIが必要とするプロジェクトを自分で企画、実施できる行動力です。
2)Are you ready?
ボスからの信頼を勝ち取ることができれば、様々なチャンスをくれます。その際に大事なことは「準備はできているか?」ということです。新しいプロジェクトのオーガナイズ、学会発表など、チャンスは予告なくいきなりやってきます。それに対して準備が出来ていないとチャンスを逃すだけでなく、次のチャンスも逃げていきます。常日頃からボスや同僚とコミュニケーションを取り、新たなチャンスを逃さず準備しておくことが大事だと感じました。それは留学の話自体にも当てはまり、「留学の話があるが、どうか?」と聞かれても、準備ができておらず「いやー、それは…今はちょっと…」などと歯切れの悪い返事をしているうちに、留学のチャンスも流れていってしまうことになります。海外留学は家族も巻き込んだ一大イベントですので、貯金や結婚なども含めて留学するのか、しないのかを早い段階から熟慮しなければ ならないかもしれません。
写真2 American Burn Association Annual Meetingにて発表
おわりに
僕に留学の機会を与えてくださった山口教授以下、杏林大救急のスタッフの皆様に深く感謝いたします。ボストンで学んだものを、帰国後より多くの患者さんに還元できるように頑張りたいと思います。